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騙されることで、幸せを分かちあう優しい人たちの、静かな感動が続く物語


いしいしんじさんの紡ぎ出す物語は、大人に贈られた童話だと、読むたびに思う。なぜ「童話」だと思うのかというと、いろんな要素があるが、全体をとおしていえるのが「ひらがな」と「漢字」のえらび方、使い方。最初は、動詞をあえてひらがなにしているのかなと思った。だって、

しずかな口調でよみはじめる。
おちついた声でつづける。
工場はいつもどおり操業をつづけた。
声をひそめつづけた。

このような文章をよく見かける。これをいつもどおり感じを当てはめると、

静かな口調で読み始める。
落ち着いた声で続ける。
工場はいつも通り操業を続けた。
声をひそめ続けた。

と、印象がだいぶ違う。でも、漢字が多用されている画面も多くでてくる。登場人物によって、また場面によって、使い分けされているようにも思う。ひらがなだけのシーンや、「い」の字が壊れて打てないタイプライターで書いた手紙のシーンは、小説のなかでも「い」の部分がスペースになっていて、よみづらい(笑)。けれど、それが、いしいしんじさんの小説だといつも思う。

また、現実世界の時間軸はいっさい登場しないのも、いしいしんじさんの特徴のひとつ。例えば「投影機」「酒場」「邸宅」「劇場」「食堂」「タイプライター」など、これを見れば1700年代、1800年代だといわれても、疑わないだろう。ただ、現代に登場しそうな「スクーター」「石油コンビナート」「化学メーカー」「資金横領」といった単語も時折現れて、「あれ?これって現代の話?」とふと思うことがある。でも読み進めるうちに、いつの時代でもかまわない、と気になる。読み手が自由に、自分だけの世界を作り出せる物語なのだから。例えば「とある寒い冬」といった言葉がでてくるとしよう。よくある小説なら、どんな寒い冬だったか、言葉で状況説明があるけれど、いしいしんじさんの小説では、必要最低限の状況説明しかないことがよくある。これはこれで、読み手が思う「寒い冬」を勝手にイメージし、物語は、そのイメージの中で進んでいく。脳内のイメージをビジュアル化する傾向のある私の場合、電車の中で読んでいると、話にのめりこんで降車駅をよくのりすごしてしまうのでとても、危険な小説である。また現代世界の地名が登場しないのも、「読み手の世界」と「プラネタリウムのふたごの世界」のリンクを加速させる原因だと思う。

 

想像したこともない、なさそうで、ありそうな場面

冒頭で「大人向けの童話」といったが、なぜそう思うかというと「考えたことのない、でもそう言われたらありそうなシーン」がたびたび登場する。例えば、

自分より体格の良くない人としか付き合わない大金持ち。その集まりに読んでもらうため、食事制限をしてまでパーティに臨む客たち。

パーティに参加するために、食事制限?そんなの聞いたことないけど、世界中のどこかに存在する気もする。

 

だまされる才覚

あるシーンで「だまされようって才覚が、かけらほどもないんだから」というセリフが登場する。「だまされることは、たいたいにおいて間抜けだ。ただしかし、だまされる才覚がひとにないと、この世はかっさかさの、笑いもなにもない、どんずまりの世界になってしまう。だまされる才覚のおかげで、自分は老女の手紙からさまざまなことをまなび・・・」。これは手品に置き換えてみると想像しやすい。ただ手品だけを楽しみたい、気持ち良くだまされたい、と思いながら手品をみると、純粋に楽しめるけれど、種明かしをしてやろうを思って手品をみると、楽しむどころではなくなってしまう。「プラネタリウムのふたご」からは伝わってきたのは、だまされているとわかってても、それをあえて口に出さず、だまされ続ける。これはバカではなく、周りの人を幸せにできることもあるんだよ、ということ。それがこの物語でわかった時、心が動かされた。そんなシーンが何回も登場する。

 

この「プラネタリウムのふたご」を一言でいうと、

すなおに気持ちを表現できない人たちの、優しい物語

最初は、気持ちをまったく重ねることができなかった登場人物たちだったけど、読み進めるうちに「なんでそんな行動をとったのか?」の裏が見えてくる。その以外な「裏」を、いしいしんじさんの紡ぐ世界と、自分のイメージの世界がかさなり「ストレートに気持ちを表現できない、すてきな人たち」が浮かんでくる。

 

内容紹介

だまされる才覚がひとにないと、この世はかさっかさの世界になってしまう。――星の見えない村のプラネタリウムで拾われ、彗星にちなんで名付けられたふたご。ひとりは手品師に、ひとりは星の語り部になった。おのおのの運命に従い彼らが果たした役割とは? こころの救済と絶望を巧まず描いた長編小説。