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こんな強くて自立した女性は、現代を見渡してもそうはいない。

この本には、10年以上も前に出会い、何度もの引っ越し、断捨離を繰り返しても、手放すことのなかった本。初めて読んだときは「なんて強い女性なのだろう」という印象が強く、内容はさほど覚えていなかった。10年以上もの時間を経て、二度目の読書。感じる部分は昔と違っていても「こんなに強く、生きることを大事にしている人はいないのではないか」という思いは変わらなかった。なぜ千葉さんの本を手放せなかったか。いま思い返すと、本の中に登場する千葉さんの年齢に近づいたときに、もう一度読み返したい、という思いが、心のどこかにあったからだと思う。

千葉敦子さんは、昭和39年学習院大政経学部卒、東京新聞経済部記者を経て、昭和42年ハーバード大学大学院留学。49年末から海外紙誌の東京特派員を歴任。56年乳がんの手術を受ける。その後再発したが、58年末の渡米。ニューヨークを本拠に、日英両語による国際ジャーナリストとして活躍した。62年7月9日に永眠。

この千葉敦子さんの「昨日と違う今日を生きる」は、昭和58年前後がん再発したころから、がん再々発するころのあたりまで、ご自分の体調の変化をジャーナリストとして、客観的な冷静な視点から、ニューヨークの暮らしたや文化などをまとめた一冊。 

油断はできないけれども、だからといって再発を恐れ、毎日ビクビクと暮らす必要はない。再発の可能性という現実的な認識は十分に持ちながら、そしてからだに異常がないか常に注意しながら、しかし仕事なり楽しみなりには目一杯浸っていてよいのだ。ガンという病気はそういう意味で、患者の精神力を限りなく答えてくれる。

(P.20より引用)

 

千葉さんの本当の心のうちは、葛藤をしていたのかもしれないが、こんな前向きな発想を、なぜ持てるのだろう。病気によって精神が鍛えられるどころか、負けてしまうことが普通は多いと思う。この文章から、千葉さんも強さが垣間見える。

また、千葉さんは病気でなかった頃、少しでも収入が余った時は、施設や運動に寄付していたそうだ。こんなことができる人は、現在でもさほどいないのではないか。

独身でフリージャーナリストの千葉さんが、医療費も日本に比べ、とてつもなく高額な国アメリカへ、貯金も定職もなく、ニューヨークに住むことが夢で、それを叶えるために日本を旅立つ。不安ばかりのようだけど、常に周りの人たちへの気配りや思いやりによって、20人以上の友人たちが食料品の買い物など日常のことを支えてくれていた。そしてなによりも、千葉さんの生きることを楽しみ、一生懸命生きる、と決めた気持ちが、壮絶な治療を受けることへの決断や、それを乗り越えるだけの気力を、こころの底から湧き上がらせたのだと思う。

安全な国で、普通に暮らしていたら困ることなく生きていける日本において、正直「生きる」ことが普通になり「あたりまえ」と捉えてしまっている自分がいる。だけど本当は「生きる」ことは「あたりまえ」ではないのだ、と「昨日と違う今日を生きる」は思わせてくれた。

 

内容紹介

いまでもときどき夢を見る。まだ東京にいて、ニューヨーク行きの計画がうまくいかず焦燥に駆られている夢。―フリーの国際ジャーナリストとして報道記事を書いていた著者が、新しいキャリア開拓のためニューヨーク移住を決意したのが4月。その2か月後、乳ガンが再発したのだった。悪戦苦闘の末、念願を果たした著者は、刺激と魅力にあふれる街ニューヨークに新しい1歩を踏み出した。ガンと闘いながら正面から病気を見すえ、最後まで前向きに生きた女性ジャーナリストの感動の記録。